2010年4月
title/一般と特殊,普遍と単独
comment/
最近よく考えている,そして,できれば深く考えたいな,と思っていることです。
批評家の柄谷さんが言っていることですが,
一般/特殊という軸と,普遍/単独という軸を,
僕たちはごっちゃにして使うけれど,その二つの軸は全く違う。
一般/特殊の軸は,まず,一般がなければ特殊はありません。
平均や偏差などで表現できるデータの世界なんかは,この軸上にあるでしょう。
一方,普遍/単独では,まず単独性が普遍性に先行します。
つまり,そのものが持っているかけがえなさ(単独性)が,
そのまま,普遍性につながっていくようなイメージです。
すぐれたアートや文学などは,この軸上にあるのでしょう。
ややこしいのは,この二つの軸が複雑に絡み合っているということです。
例えば,自分の個性を表現しよう(つまりは単独的であろう)とがんばった奇抜なファッションが,
他の人から見ると,人と違うことだけを狙った(つまりは特殊な)普通なファッションに見えたり,
逆に,単に人並みの暮らしを営もう(つまりは一般的)と農業を営んでいるだけなのに,
その結果できる風景が,どこにもない,素晴らしいもの(単独的で普遍的)になっていたり。
僕たちの研究室には,実践と研究の二つの軸があります。
景観デザインという実践は,究極的には,その場所が持つ単独性を通じて,
できるだけ多くの人が気持よく過ごせるという普遍性を獲得することでしょう。
それを実現するためには,たぶん,一般/特殊に対する深い知識が必要なはずです。
一方,研究は,ある前提や条件のもとでは,誰もが同じ結論にたどりつくものですから,
それは,一般/特殊の軸上になければなりません。
しかし,普遍/単独の軸に反映できるような,あるいは,その軸から抽出された,
一般/特殊のものにならなければ,景観デザインの研究としては意味がありません。
なんか,すごく難しい気がしますが,取り組まなければいけないのだと思います。
上に載せた画像は,牧野富太郎のサクユリの画です。
彼の仕事は,一般/特殊と普遍/単独の二つの軸を,うまく融合させたものではないかと思っています。
もうだいぶ長くなったので,ここで終わりにしますが,
ナンバーワンよりもオンリーワンと,歌って済ますことはできません。
なぜ,牧野さんの植物画が僕たちのモデルになるか,みんなも考えてみてください。
photo&text/Yuji HOSHINO