はじめに
地下空間工学研究室は熊本大学工学部の土木建築学科に所属しています。研究では、土木工学や資源開発分野における岩盤工学に関する諸問題を対象としています。
研究紹介
私たちの研究室は岩盤工学の観点から、土木や資源開発分野における諸問題の解決をテーマとしています。
誘発地震制御に向けた断層近傍の亀裂剛性に関する研究
本研究では,断層コアを取り囲む破砕帯の剛性を増加させることで,誘発地震の規模を制御する新たな手法の開発を目的としています.まず,線形なslip-weakening挙動を仮定し,地震動によって放出されるエネルギーを評価する解析的検討を通して,提案手法の妥当性を確認しました.次に,数百万の亀裂から構成される離散割れ目ネットワーク(DFN)モデルに基づき,各要素に等価コンプライアンス・テンソルを計算・適用することで,断層破砕帯内の複雑で不均質な応力状態を再現できる鉱山全体の数値モデルを構築しました.
その結果,ほとんどのケースにおいて亀裂の剛性が全ての地震動のパラメータに大きな影響を与えることが分かり,亀裂の剛性を5倍に増加させると,地震動のエネルギーは約40〜50%まで低減しました.この結果は,解析的検討から得られた結果ともよく一致しています.また,これらの結果は,断層コア付近の強く破砕された岩盤において亀裂の剛性を増加させることが,地震による被害の軽減に有効的であり,将来的な実装に向けた基盤となる可能性を示唆しています.今後の研究では,より複雑な地質条件下における本手法の実現可能性を評価し,その基盤となるメカニズムをより深く理解するために,離散要素法(DEM)モデルを用いた追加の検証を行うことを予定しています.
超乾燥環境におけるASGM(零細・小規模金採掘)からの水銀の移動および影響を評価するためのSARコヒーレンス解析と大気拡散モデルの統合
水銀は地球規模の汚染物質であり,人為的な水銀排出源の中でも最大級のものがASGM(零細・小規模金採掘)です.ASGMは年間2,000トンの水銀を大気・水域・土壌に排出しています.
モーリタニアのチャミは,極度の乾燥気候で知られる町であり,ASGMの鉱夫が金鉱石を持ち込み,アマルガム法による金抽出処理を行うASGM活動専用の区域の中心地となっています.ここでは大量の水銀が排出されているものの,その行方や移動経路については十分に解明されていないという現状があります.
発展途上国の遠隔地であるうえ,極度の乾燥,植生の乏しさ,地上観測網の不足といった要因により,水銀の移動実態を評価することは困難な状態にあります.
本研究は,ASGMからの水銀排出および沈着パターンを追跡するために,合成開口レーダー(SAR)コヒーレンス解析,大気拡散モデル,そして土壌中の水銀の地球化学分析を組み合わせた統合的な手法を開発することを目的としています.
ASGM活動に伴う地表の撹乱や,大量の水銀排出は,SARコヒーレンス解析を用いて検出することができます.同時に,超乾燥環境特有の気象条件を考慮しつつ,大気拡散モデルによって水銀種の動態をシミュレーションします.
地質年代学的な解析やリモートセンシング,大気モデルを統合することで,本研究は極限環境における水銀分布に新たな知見を提供します.また,長期的な環境モニタリングに向けた,低コストで効率的な手法を提示していきます.
二酸化炭素鉱物化反応の促進化技術の開発
エネルギー需要の増加によってCO₂排出量が世界的に増加していることから,パリ協定で定められた「地球温暖化を2°C未満に抑える」という目標の達成が,これまで以上に緊急課題となっています.これは,大規模な地下貯留を含む効果的なCO₂削減戦略の必要性を強く示しています.しかし,従来の地下貯留技術には,誘発地震や地表漏洩の可能性といった課題があり,より安全で効率的な二酸化炭素回収・貯留(CCS)手法の必要性が高まっています.
私の研究は,蛇紋岩,かんらん岩,玄武岩を含むさまざまな岩石の鉱物化反応に焦点を当てています.その中でも,蛇紋岩は最も高い反応性を示し,CO₂曝露後1週間以内に急速にMg²⁺を放出したことが確認できました.さらに,炭酸脱水酵素(CA)を含む微生物溶液が炭酸塩の形成に与える影響について,密閉条件下で調査しました.
X線蛍光分析(XRF),X線回折(XRD),熱重量分析(TGA),および全反射測定フーリエ変換赤外分光法(ATR-FTIR)などの分析手法を組み合わせて用い,炭酸塩沈殿の程度とその性質を評価しました.その結果から,蛇紋岩は溶解速度と鉱物組成が炭酸化に有利であることから,迅速なCO₂鉱物化に最も有望な岩石であることが示されています.
断層破砕帯内の応力分布に関する研究
私たちの研究は,断層破砕帯内の応力分布を解明することを目的としており,これは岩石力学や地震動の過程を理解するうえでの根本的な課題であると考えています.
今まで実施してきた実験を含め,現在進行中の実験や計画している実験はすべて,この最終的な目標を達成するために設計しています.亀裂のサイズや進展挙動の影響に焦点を当てた研究とは異なり,私たちの主な関心は,複雑な亀裂ネットワークが岩盤内部の応力状態にどのように影響するかという点にあります.
3Dプリンターで作成した岩石を模擬した(岩石類似材料)モデルと数値シミュレーションを組み合わせることで,断層帯の力学の数値計算モデルを検証し,精緻化することを目指しています.現在の研究は,数値解析のみの研究と実験観測とのギャップを埋める役割を果たしています.将来的には,複雑な亀裂系を有する岩石類似材料を用いて,流体注入試験や直接せん断試験を実施し,亀裂性媒体における応力・変形・流体流動の連成メカニズムをさらに探究していくことを計画しています.
熊本地震の動的シミュレーションに基づく俵山トンネルの動的挙動解析
熊本地震によって最も大きな被害が発生したトンネルである俵山トンネルを対象にした山岳トンネルの安定性解析を行っています.周辺の地形まで考慮した三次元モデルである「俵山モデル」を用いて地震応答解析を実施し,地震時における山岳トンネルの安定性および構造応答特性を明らかにすることを目的としています.本研究では震源断層モデル1)から得られた速度履歴を俵山モデルの入力地震波としています.
また,動的解析において地盤モデルの作成方法,境界条件の設定,入力地震波の与え方など,解析手法や条件に関して統一的な指針が十分に確立されていないのが現状です.そこで本研究では,これらのモデリング手法や解析条件の妥当性を検討するための予備解析も併せて行い,解析結果の信頼性や再現性を確認しています.
変位制御型ロックボルトに関する研究
トンネル掘削時に著しい変形が生じた場合,従来のロックボルトでは破断が生じる可能性があります.これに対応するため,高い支持力と降伏性能を兼ね備えた新しいタイプの変位制御型ロックボルト(DCボルト)が開発されました.本研究では,時間依存性挙動を表現する力学モデルとして大久保-福井モデルを採用し,膨張性地山におけるトンネル掘削時のDCボルトの適用性をより正確に評価しています.
蛇紋岩を対象に,時間依存性および脆性度の変化を考慮したパラメトリック解析を実施した結果,時間依存性が強い条件では軸力が引張強度を超過しました(図1).また,DCボルトの変形容量を岩盤の変形量に応じて増加させることで,軸力を強度以下に抑えることが可能となりました(図2).これらの知見は,時間依存性の高い地山におけるDCボルトの設計指針に寄与するものです.
断層通過トンネルにおける地震時の構造応答および損傷発生メカニズムの解析的検討
2016年,熊本地震において,非活動性断層を横断する俵山トンネルで覆工コンクリートの崩落や支保工の損傷が確認された.私の研究は,この被害事例を対象として,断層通過トンネルにおける地震時の構造応答および損傷発生メカニズムを数値的に検討するものである.
地震波の伝播と断層すべりを同時に再現する三次元多スケール数値解析を実施し,断層交差部における応力再配分および覆工損傷の発生過程を解析している.広域モデルにより地震波の入力と地盤応答を再現し,その結果を小規模モデルに速度履歴として適用することで,地震時の断層すべり挙動と支保構造の動的応答を高精度に再現している.
現在,地震動に誘発される断層すべりがトンネル覆工に与える応力集中の傾向や,現地で確認された損傷位置・破壊形態との対応関係について検討を進めている.本研究を通じて,地震波伝播と断層すべりの相互作用が地下構造物の損傷に及ぼす影響を明らかにし,断層通過トンネルの耐震設計に資する基礎的知見を得ることを目的としている.
参考文献
1) Kenichi Tsuda : Dynamic Rupture Study of Near-Field Velocity Pulses during the 2016 Kumamoto Earthquake, Japan, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol.111, 2021